第七話「シャア專用補完計畫」


「祐一さ〜ん、名雪〜、朝御飯の時間ですよ〜」
 秋子さんの呼び掛けに目を覚ます。二度寝したので頭がズキズキする。
「…こういう時はあれをするに限るな…」
 そう言い、私は例の如くCDを掛ける。今日は『シャアが来る』だ。
「シャア!『百式出るぞ!!(C・V池田秀一)』…シャア!『沈め!!(C・V池田秀一)』…今はいいのさすべてを忘れて〜♪一人残った傷付いた俺が〜♪この戦場で♪あとに戻れば地獄に落ち〜る♪シャア!『ええい、まだ落ちんよ!!(C・V池田秀一)』…シャア!『まだだ!まだ終わらんよ!!(C・V池田秀一)』……」
「う〜…祐一〜、毎朝毎朝私の知らない歌、歌わないでよ〜…」
 案の定名雪がドア越しの抗議をして来たが、無視して歌いながらの着替えを続ける。
「……一人で死ぬかよ♪奴も奴も呼ぶ〜♪狙いさだめる♪シャアがターゲット〜♪シャアシャアシャア♪『やらせん!!(C・V池田秀一)』シャアシャアシャア♪『やってみるさ!!(C・V池田秀一)』……」
「…人の話聞いてる…?」
「勿論聞いているぞ。歌は良い、歌は心を満たしてくれる…。リリンが生み出した文化の極みだよ…。そう感じないか、水瀬名雪君…(C・V石田彰)」
「…祐一の場合、歌っているというよりはただ叫んでいるだけにしか聞こえないんだけど……」
「これがリン=ミンメイの歌か……。プロトカルチャー!!(C・V市川治+ゼントラン訛り)」
「イチゴサンデー…」
「ほえっ?」
 いつものように「私の知らない言葉ではぐらかさないでよ〜」と、反論でもして来るのかと身構えていたが…。意外な名雪の対応に、私は唖然とした。
「毎朝一曲歌う毎に、イチゴサンデー一杯奢ってくれるなら別に歌っても構わないよ」
「…分かった。これからは歌わないようにする…」
 流石に毎日イチゴサンデーを奢っていては私の財布が底をつく。それに、イチゴサンデーは……。
「…さて、着替えも終わった事だし、朝飯にしますか」
 そう言い、私は部屋を出る。
「…あっ、私の知っている歌だったら別に構わないよ。祐一の歌聞くの、嫌いじゃないし…」
「何か言ったか?」
「あっ、別に…」

 
「おはようございます、祐一さん。あの娘、きちんと御飯を食べたのですね」
「おはようございます、秋子さん。ええ、昨日の晩お腹を空かして下に降りてきたのを見掛けたので、その時に…」
 下に降りた直後、秋子さんに真琴の事を訊かれたので、深夜の事を一部始終話した。
「そうなんですか、あの娘真琴って言うのですね」
「ええ、ただ昨日の時点で確認できたのはそれだけで…。後々ゆっくり訊くつもりです」
「頼みましたよ、真琴ちゃんの家の方も心配しているでしょうし」
「諒解しました」

 
 朝食を取り終え、一人居間で物思いに深ける。
(ハア…。帝都に居た時は今頃『ガサラキ』を見ていたのにな…)
 無いものを言っても仕方が無いので、以後の日曜日、この時間帯は日テレ系の『ザ・サン デー』を見る事にした。
「名雪、祐一さん、ちょっと出掛けてきますね」
 10時に差し掛かろうとした頃、秋子さんが出掛けると言ってきた。
「日曜日なのに何処に出掛けるんですか〜」
 そう訊こうと思ったら、名雪が秋子さんの変わりに、
「お母さんはこれからお仕事なんだよ」
と答えてくれた。
「日曜なのに出勤なのか?」
と訊き返した所、
「お母さん、洋服店に勤めていて、4日区切のお勤めなんだ」
と出勤の説明くれた。
「へえ〜、日曜なのに大変だな〜」
「では、行って参ります。昼食は申し訳無いですが、作るか買うかして下さい」
 その後、10時からは『サンデープロジェクト』に一郎党首が出演するという事で、胸を躍らせながら番組を視聴する。
(くー、やっぱカッコイイぜ〜、一郎党首。他の出演者相手に1歩も譲らないもんな〜。それにしても、あんな渋顔から佐祐理さんみたいな綺麗な方が生まれるとは…。ドズル=ミネバの法則、ここに見たりか…)
 番組を見終わったら正午に差し掛かったので、昼食を買いに商店街に行く事にした。
「名雪〜、俺これから商店街に昼食買いに行くけど、名雪はどうする〜」
と2階にいる名雪に声を掛けた。
「後から自分で買いに行くから、何も買って来なくていいよ〜」
と名雪が言ってきたので、そのまま商店街に繰り出す事にした。


「祐一君っ!」
 コンビニで昼食を買い終え店から出たら、私を呼ぶ声が聞こえた。間違いない、赤い彗星(理由・頭に付けているカチューシャが赤いから。あと背中の羽を羽ばたかせると、通常の3倍のスピードが出そうだから)のあゆだ。
 手を振りながら私に近づいてくるあゆ。しかし、案の上途中で足を滑らせ、頭から転倒する。
「うぐぅ〜、またぶつけたぁ〜」
「今のは俺のせいじゃないぞ」
「うぐぅ…。それより祐一君、何しているの?」
「何をしているっていうか、昼食を買い終えたから、今から居候の家に帰宅する所だ」
「ふ〜ん。…ねえ、今から祐一君の家に遊びに行っていいかな?」
 突然あゆがそんな事を言ってきた。
「う〜ん、今日は昼食を食べ終わってから部屋の整理をする予定だしな…」
「そっか…」
 あゆが悲しそうな顔をするので、とっさに、
「別に整理後なら構わないけど…」
と付け加えた。そうするとあゆは暫く考えた後、
「…ねえ、ボク祐一君のお部屋の整理、手伝っていいかな…?」
と私に言ってきた。断ろうと思ったが、未だ殆どの荷物が手付かずの状態なので、手伝ってもらう事にした。
「ああ、いいぜ」
「うぐぅ〜、ボクがんばって祐一君の役に立つよ!!」
「ところでどうする、このまま俺の居候先の家に付いて行くか?」
「うんっ、そうするよ」
 あゆが私に付いて来ると言ったので、そのままあゆを連れ、家に帰宅した。


「只今〜」
「お帰り〜、祐一。あれっ、その娘、祐一の友達?」
 家に帰宅すると早速名雪が出迎えてくれた。
「ああ。名雪、紹介するよ。この娘は来栖川エレクトロニクス最新型メイドロボ、HMX−12S乙型ウイングマルチカスタム(シャア専用)だ」
「うぐぅ〜、ボク、ロボットじゃないよ〜」
「えっ、その羽は普通の人間と見間違えられない為に付けていたんじゃないのか?」
「祐一君、ひょっとしてボクのことキライ?」
「そんな事無いぞ」
 別に嫌いだからではなく、単にからかうと面白いから、からかっているだけである。
「…と冗談はこの位にしておいて、こいつはあゆ、月宮あゆだ」
と改めて名雪にあゆの事を紹介する。
「月宮あゆ…、あゆちゃんって呼んでいいかな?あっ、私は水瀬名雪よ」
「うんっ、いいよ名雪さん」
「私の事もなゆちゃんって呼んでいいよ」
「紛らわしいから却下」
 私は名雪の提案を即座に廃案した。
「やっぱり名雪さんでいいよ」
「そっか、残念…」
(なゆちゃんって呼んで欲しかったのか?)
と私は心の中で思った。
「あっ、祐一、私これから昼食買いに行くから」
 そう言って名雪は外出した。
「ところで俺はこれから昼食を取るけど、あゆはその間どうする。俺の部屋で待機しているか?」
 名雪を見送った後、私はあゆにそう訊ねる。
「う〜んっ、そうするよ」
 あゆがそう言うので、私はあゆに部屋の場所を教えた。
「分かった、2階だね。じゃあ上で祐一君が食べ終わってるのを待っているよ」
「あっ、ちなみに俺の部屋は…」
 具体的な部屋の場所を教える前に、あゆは階段を昇って行ってしまった。
(ま、いいか…)
 そう思い、私は昼食を食べる準備を開始する。今日のメニューはカップラーメンと肉まん2個である。まず私はカップラーメンにお湯を入れ、出来上がるまで肉まんを一つ食べる事にした。

 
 一つ目の肉まんを食べ終わり、そろそろカップ麺が出来上がろうとしていた矢先、あゆが階段から何かに追われた雰囲気で降りて来た。
「うぐぅ〜、祐一君〜」
 階段から降りて来た刹那、あゆが鳴き声で私に抱き付く。
「どうしたんだ、あゆ?一体何があったんだ!?」
 あゆの突然の動作に動揺しながらも、その訳を訊く。
「2階にあがったのはいいんだけど、祐一君の部屋の場所がわからなくて…。それで適当にドアを開けたら女の子が寝ていて…。それで祐一君の部屋の場所を聞こうと思ったら、突然その子が起きあがって…。それで、それで、いきなりボクになぐりかかってきたんだよ〜」
「そこの女〜、祐一に気安く触んないでよぉぉうっ!!」
 あゆが事の一部始終を語るや否や、真琴が怒鳴り声で叫びながら、2階から降りてきた。心なしか、真琴の周りの空気が、周辺と異なる気がした。
「ええい!私が気圧されていると言うのか!?(C・V池田秀一)真琴!?あゆがいったい何をしたって言うんだ!!」
「その女だけは絶対に許せないのよぉぉうっ!!」
「お前が許せないのは俺じゃなかったのか?」
「…違う、確かに祐一も許せなかったけど、寝ている内に許せない気持ちは消えたの…。でも…、でもその女だけは…」
 意味深な台詞を言う真琴。あゆと真琴、この二人の共通点は7年前…。という事はその時この二人の間に何かがあったという事なのだろうか…。
「真琴、ともかく初対面の人をいきなり殴りつけるんじゃない!」
「…思い出せない…思い出せないけど、その女とは前にどこか出会ってるような気がする…」
「あゆ、お前はあの娘、沢渡真琴に会った事あるか?」
 そう私があゆに訊ねる。
「沢渡真琴…。名前は聞いたことがあるような気がするけど…。うぐぅ〜、でもボクあんな女の子、一度も見たことないよ〜」
 会った事はあるが記憶に無いと言う真琴。名前は知っているような気はするが、会った事は一度もないというあゆ。一体どちらの言い分が正しいのか、私には判断を付け難い。
「…とにかくあゆ、とりあえず俺から離れろ」
「あっ、う、うん」
 あゆを抱いた体勢は、真琴を更に刺激する状態以外の何者でも無い。多少心残りはあるが、素直にあゆに私から離れるようにと言った。
「とにかく許さな…あれっ?何だかいい匂いがする…」
 どうやら真琴は、辺りに漂う肉まんの匂いに誘われたようである。
「祐一、これ食べても良い?」
「駄目だ、それは俺の昼食だ」
「あうーっ、一口でいいから…」
「見ず知らずの人をいきなり殴る者に与える肉まんなど、無い!」
「あうーっ…」
「とりあえずあゆに謝れ」
「う、うん…、えっと、あゆさん、いきなり殴ったりしてごめんなさい…」
「うん、真琴ちゃん。ボク別に気にしてないから」
 あゆの方も特に起こっている様子は無いので、この件は一先ず大団円である。
「よしっ、ちゃんと謝ったな真琴。ほらっ、肉まんだ」
 そう言って私は、肉まんを丸ごと真琴に投げ付けた。
「えっ、全部食べていいの?」
「ああ、素直に謝ったご褒美だ。あと、お前の朝食もちゃんと用意されているから、それも忘れずに食べるんだぞ〜」
「あう、祐一、ありがとー」
嬉しそうな面持ちで肉まんを食べる真琴。その姿を見てあゆが、
「やさしいね、祐一君」
と私に言ってきた。
「い、いや、ああやって手なずけなければ、また何を仕出かすか分からんしな…。まあ、いわゆる飴と鞭というやつだ…」
 そう答え、私も昼食を再び食べ出す。この一件により、カップラーメンの麺が伸び切ってしまったのは言うまでもない。


「ご馳走様〜」
 私より先に真琴が昼食を取り終え、部屋に駆け出して行く。
  「ふ〜、食った食った…。さて、まずはガラスケースから運び出すとするか。名雪〜、俺がここに送った大きめのガラスケースは何処にある〜」
 昼食を取り終えた後、まだ昼食を取り中の名雪に、その所在の位置を聞き出す。
「ああ、あれね。あれは1階の廊下に置いたままだけど…。でもあれを運ぶのは、あゆちゃんと二人だけでは大変だと思うよ」
 名雪の言う事はもっともである。仮にそれに名雪を加えたとしても、運べる可能性はそう高くない。暫く悩んだ後、私はあることを閃き、受話器に駆け出した。
「もしもし、おっ、祐一か、昨日は何処にも出掛けないって言っていたけど、やっぱり何処かに行くのか?」
「いや、実は部屋の整理を手伝って欲しいんだが…」
 男手一人が加われば何とか運べるだと思い、私は潤に手伝いを依頼した。暫くの沈黙の後潤は、
「見返りとして『スーパーヒーロー作戦』を買ってくれるなら別に構わないぞ」と言い返してきた。
「…それはいくら何でも割が合わないぞ…」
「じゃあ、この話は無かった事にしてくれ」
 しかし、男手が入なければ作業が困難であるのは自明の理であるので、私は悩みに悩み、
「!!そうだ!潤、お前『Gジュネ』は持っているか?」
と答えた。
「ああ、持っているけど…」
「じゃあ、整理後、自分のデーターを持ち合って戦い、もし俺が負けたら『ヒーロー作戦』を買ってやるって言うのはどうだ?」
「成程、つまり俺が負けたらタダ働きという事だな…。いいぜ、その話乗ったぜ」
「じゃあ、メモリーカードを持参して今すぐ来てくれ」
「諒解!」
 相互利潤の同意を確認し、私は電話を切る。
「ねえねえ、祐一君、いったいだれに電話したの?」
 電話を切り終えた刹那、私が昼食を取り終えるのを待つ為、台所で待機中だったあゆが、そう訊ねて来た。
「ちょっと友達に整理の手伝いを頼んだんだ」
 そう答えるとあゆは悲しそうな顔をして、
「…ボク、足手まといかな…」
と言ってきた。
「いや、そんな事はないぞ。あゆは女の子だし、力仕事には向いていないだろ。それで男友達を呼んだまでだ。あゆには細かい荷物の整理等をお願いするよ」
と、私は優しい声であゆに答えた。
「うんっ、ボク頑張るよ!」


「こんにちわ〜」
「あっ、潤君、上がっていいよ」
 水瀬家を訪ねてきた潤に、昼食を取り終えたばかりの名雪が対応する。
「御邪魔しま〜す。よお、祐一、手伝いに来たぜ」
「サンキュー、潤。じゃあ早速手伝ってくれ」
「諒解」
 そうして私はガラスケースが置かれている場所に潤を案内した。
「これを運べばいいんだな。それにしても一体何に使うんだ。プラモでも飾るのか?」
「ご名答。じゃあ潤は下の方を持ってくれ」
「諒解」
 潤と協力し、ガラスケースを持ち上げる。そして2階へと運んで行った。
「ふ〜、ようやく2階に運び終えたな…」
 そう言い、私はガラスケースを一端床に置き、自室のドアを開ける。そして再び潤と共にガラスケースを持ち、自室へと運ぶ。
「祐一〜、このガラスケースは何処に置くんだ〜」
「窓際の方だ」
「諒解」
 そして所定の場所にガラスケースを置いた。その後、私はプラモデルが入っているダンボール箱に手を掛ける。
「どんなプラモが入っているか、見ていいか?」
 そう潤が答えたので、私はダンボール箱の中を潤に見せる。
「成程、ガンプラか。…って赤色のグフに、赤色のゴック!?」
「どうだ驚いたか。名付けて『オールジオン系MS、MA、シャア専用補完計画』。ジオン関係のMS、MAをことごとく赤く塗るという壮大な計画だ」
「『シャア専用ビグザム』に『シャア専用ザクタンク』…。おっ、これはアクシズの、『ハンマ・ハンマ』のシャア専用か…。凄いな〜、俺の『オールガンダムハイパーモード発動化計画』に勝るとも劣らない代物だぜ…」
「何だそれは?」
「全てのガンダムを金色に塗る計画だ」
「さすが、キングオブハート…」
「おっ、これはガンプラの箱じゃないな…」
と潤は『超極秘シャア専用ロボ』と書かれた箱を手に取り、そう言う。
「いったい何が入っているんだ…。な…!?あ、赤い髪のマルチ!?」
「フッ、フッ、フッ…。見てしまったな、私の超極秘計画を…」
「まさかガンダム以外の物に手を出すとは…。しかもメイドロボのシャア専用…。見上げたモデラー魂だな…」
「祐一君、ボクも祐一君の部屋に入っていいかな?」
 潤とそんな会話を交わしている間、ガラスケースを運び終えるまで下で待機しているように言いつけておいたあゆが、2階に上がって来て、私に声を掛けてきた。
「祐一、私も手伝っていいかな?」
 どうやら名雪も一緒に上がってきたようで、あゆに続いて私に声を掛けて来た。
「ああ、二人共入っていいぜ」
「じゃあ、おじゃましますっ。で、祐一君、ボクは何をすればいのかな?」
「ああ、他のダンボールに入っているプラモデルを出してくれ」
 そう言い、私はプラモデルが入っているダンボール箱を指差す。
「うん分かったよ」
 そう言って、あゆはそのダンボールに駆け寄り、作業に取り掛かる。
「祐一、私は何をすればいいかな?」
「名雪は例の等身大パネルを組み立ててくれ」
「うん」
 そう言って、名雪は等身大パネルの組み立てに取り掛かった。
「すごい…、赤いロボットばかりだよ…。あれっ、このロボット、少ししか色がぬっていない…」
 プラモをダンボール箱から出している中、あゆがそう言った。
「どれどれ?」
 それに促され、潤があゆに近づく。
「未完なのは『ザクV』に『キュベレイ』か…。妙だな…。ザクU以外のザクを赤く塗るのは、ザク以外のMSより優先していても不思議じゃないし、キュベレイに至っては、プルツー専用機という設定で、原作に赤いキュベレイが出ているって言うのに…。祐一、何か理由があるのか?」
「潤の言う通り、その二つは他より優先しようとした。だけど、白いプラモを赤く塗ろうとすると、突然気分が悪くなるんだ。他は大丈夫なのに、何故か白いプラモだけは駄目なんだ…。お蔭で計画は未完のままだ…」
「成程、そんな事情が…」
 白い物を赤く染める…。それに嫌悪感を感じるのはプラモに限ってではない。例えば……。
「プラモはまだ大丈夫な方だ。イチゴサンデーやイチゴのかき氷に比べれば…」
 赤色のイチゴシロップを、アイスや氷にかける…。白い冷たい塊を赤く染める行為、それを実行しようとすると、堪え難い焦燥感と深い悲しみが込み上げてくる。そしてそれが始まったのは他でもない、思い出が止まった7年前のあの冬の日…。
「じゃあイチゴサンデーは見るのも嫌なんだね」
 等身大パネルを組み終えた名雪がそう私に訊ねてくる。
「ああ…」
「ごめんね、朝イチゴサンデーを奢れなんて言って…」
「別に謝る必要はない。事情を知らなかったんだし。それに奢るのは別に自分が食べるわけじゃないから大丈夫だ」
「そう…」


「…祐一、悪いけど俺、急用を思い出したから先に帰るぜ」
 名雪と会話していた時、不意に潤がそう私に呼び掛けてきた。
「そうか…。急用があるのに呼びつけて悪かったな」
と私は潤に答える。
「気にすんな」
「それにしても、それだと勝負はお預けになるな…」
「ああ、だからその代わりと言っちゃ何だが、その作り掛けのプラモ、俺にくれないか?」
「キュベレイに、ザクVか?そんな物でいいならやるぜ。どうせ色を塗る気なかったし」
「サンキュー、じゃあ明日また学校で会おうぜ」
 そう言って、潤は私の部屋を去った。その後、私とあゆ、名雪の3人で部屋の整理を行った。
「ふ〜、ようやく目処が立ったな…。あゆ、名雪、手伝ってくれてどうもな」
「どう致しまして。じゃあ、私は先に下に降りているから」
 そう言って名雪は私の部屋を後にした。
「うんっ、ボクも祐一君の役に立ててよかったよ。それじゃボクはそろそろ帰るね」
「ああ、じゃあ玄関まで見送って行くぜ」
 そう言い、私はあゆと共に下に降りる。
「じゃあね、祐一君、ばいばい」
 そう言ってあゆは水瀬家を後にした。
「只今帰りました」
 入れ替わり、秋子さんが帰宅する。
「あ、お帰りなさい秋子さん」
「祐一さん、今の子、祐一さんのお友達?」
「ええ、そうですけど。どうかしましたか?」
「知り合いの子に雰囲気が似ていたような気がしたのです。でもその子は……。多分私の気のせいでしょうね」
 意味深な台詞を残し、秋子さんは家の中に入っていった。


「名雪〜、悪いけど目覚まし時計貸してくれないか〜」
 その日の就寝間際、明日からの登校に備え、名雪から目覚し時計を借りようとし、名雪の部屋を訪れる。
「うん、いいよ。ちょっと待ってってね」
 そう言って暫くすると、大量の目覚し時計を持ち出し、名雪が部屋から出てきた。
「どれにする?」
「戦いは数なのだよ、数!!(C・V郷里大輔)…って何だ!?その大量の目覚ましは…」
「えっと、ちなみにこれが私のお気に入りの時計だけど、これでいいかな?」
 私の反応を無視して名雪が話を先に進める。
「…分かった。じゃあ、そのお気に入りの時計を借りるよ…」
「うん、じゃあ、はいっ」
 そう言って名雪は、自分がお気に入りだという時計を私に差し出した。
「じゃあ、お休み祐一。」
「ああ、お休み」
 名雪に眠る前の挨拶をし、私は部屋に戻る。
「ふ〜、明日から学校か〜。いったいどんな学校なんだろうな〜。今から楽しみだぜ…」
 そう言い、私は深い眠りへと入って行く…。


「行ってきま〜す」
「あっ、待って祐一」
 僕がいつものようにあゆとの待ち合わせ場所に行こうとすると、名雪が僕に声をかけてきた。
「どしたんだ名雪?」
「今日は真琴ちゃんも連れてって」
「え?どうして」
 僕がそう言うと名雪は、
「真琴ちゃん、祐一が家を出て行ったあと、いつも祐一の後を追っかけようとするんだよ」
と言ってきた。そして名雪の足元には真琴が立っていた。
「ちょっと出かけてくるだけだからさ、その間家でお留守番できないかな?」
 僕はそう真琴に話しかけた。そうすると真琴は「あうーっ」と悲しそうな声で鳴いてしっぽを横にふった。
「しょうがない、今日だけだぞ…」
 そう言って、僕はしぶしぶ真琴をだいた。
「あうっー」
「あ、コラッ、服の中に入るんじゃない!」
 真琴を必死で服の中から出そうとする。でも真琴は全然外に出ようとしない。僕は真琴を服の中から出すのをあきらめて、そのままあゆとの待ち合わせ場所に行くことにした。


「おそいよ、祐一君」
「ごめ〜ん、あゆちゃん。ちょっとあゆちゃんに見せたいものがあって、それで…」
「見せたいもの…?」
「うん」
 そう言って、僕は服の中に入っていた真琴を外に出し、あゆにわたす。本当はただ連れてきただけなんだけど、真琴が服の中に入っていたせいで、たいやきを買うことができなかった。だからその代わりとしてあゆに真琴を見せた。
「わぁ〜かわいいキツネ〜」
 そう言って、あゆはうれしそうに真琴をなでた。
(よかった〜よろこんでくれて。これからも真琴を連れてくるかな…)
 そう思っていたら、突然予想をしていなかったことが起きた。
「う、うぐぅ〜」
 あゆの悲鳴におどろいて、僕はあゆの方を見た。そしたらビックリしたことに真琴があゆの指をかんでいた。
「わっ、真琴、何しているんだ!」
 そう言って、僕はムリヤリ真琴をあゆからはなした。
「真琴、ダメじゃないか!人の指をかんだりしちゃ!」
 そうおこると真琴は、
「あうーっ…」
と悲しそうに鳴いた。
「大じょうぶ、あゆちゃん…」
「うん…だいじょうぶだよ…」
「ごめんね、おくれてきちゃったのにさらにめいわくをかけちゃって…。狐、もう連れてこないから…」
「ううん、別に気にしてないよ…」
「でも一応手当てするために今日はもう帰った方がいいよ」
「祐一君がそう言うなら…」
 そうして僕達は、いつもより早めに別れることにした。
(それにしても真琴、名雪やお母さん、秋子おばさんにはそんなことしたことなかったのに…。いったい何であゆちゃんの指をかんだんだろう…)
 そんなことを考えながら、また服の中に入ってきた真琴をだきながら、家に帰って行った…。

…第七話完

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